さて、2F,へ、上がりますと、トライバルラグが展示されてます。
まずは、上の写真、バクティヤリの絨毯
キャプションには、デザインは花瓶とシャンデリヤと、ありました。
下の方には、ライオンもいますね。 19世紀の物です。(色が良い)
この2点も、バクティヤリ
キリムとジャジムとジョシダイセイですね。
この2点は、カシュガイですね。
上の絨毯は、ミヒラーブ文様
天上界の門としてのアーチ、礼拝する信徒にとって開かれた神の世界への入り口と言うところでしょうか。
下の絨毯ですが
白洲正子が(呼捨て)、吉田茂からもらった革張りの一人掛けのソファーの前にしいてあった絨毯が、この真ん中メダリオンひとつのカシュガイの絨毯でした。
白洲さんが持ってた絨毯は、もっと素朴で、トライバルらしい絨毯でしたが。
(パーレビィの時代に、多分シラーズあたりまで行かれたんでしょうね)
それこそ、白洲カーペット(Shiraz Carpat)でしょうか?
19世紀後半、産業革命が大衆消費社会をよび好景気となったヨーロッパに、ペルシャ絨毯ブームを、牽引したイギリスの商社があった。
このイギリスの商社が、ペルシャ絨毯の生産に関わるようになって大きく変わった点が、サイズ、デザイン、色すべて、ヨーロッパの好みで仕立てられるようになったと言う事。
(ペルシャ絨毯のヨーロッパナイズ化ですな!)
博物館の内と外(前々回のブログ)を、見た時に、19世紀後半以降、商業主義的大量生産、伝統的スタイルの否定、作られるブームというものが、はっきり見えます。